北条氏照が城を築いた深沢山には、牛頭天王の八人の王子神である「八王子権現」が祀られていたため八王子城と名づけられました。
江戸時代には八王子横山十五宿は甲州街道中、最大の宿場町として、また多摩地区の物資の集散地として栄えました。
明治維新期以降は織物産業が繁栄しました。 1960年代以降は、多摩ニュータウンなどの大規模な住宅団地や、北八王子工業団地などの工業団地が建設されました。
また、都心のキャンパスが手狭になった大学の移転が相次ぎ、学園都市とよばれるようになりました。